新着情報(2020年8月3日):フィリピンで関連者間取引情報開示フォームが改正:移転価格文書の提出が義務付けられる
フィリピンの税務当局であるBIR(Bureau of Internal Revenue)は2020年7月8日付で歳入規則(RR)No.19-2020を発行しました(公表日は7月10日)。本ガイドラインは公表後15日目以降、つまり2020年7月25日より既に適用されています。
このRR No.19-2020において、法人税申告書に添付される関連者間取引の情報を開示するフォームが改正されました。改正後のフォームNo.1709は従来のNo.1702Hに代わるものであり、フィリピン法人がその関連者と行う取引について詳細な開示を求めています。
フォームNo.1709の概要は以下の通りです。
[Part 1]納税者法人(申告者であるフィリピン法人)の概要:
[Part 2]関連者間取引の概要:
このセクションでは、国外の関連者との取引とフィリピン国内の関連者との取引に分けて報告を求めています。これは、例えば日本のように、法人税申告書の関連者間取引開示フォームである別表17(4)においては、国外の関連者との取引のみを開示すればよいのとは対照的です。この背景として、フィリピンでは多くの外資系企業のフィリピン子会社が経済特区において優遇税制の適用を受けており、経済特区企業とそうでない通常の法人税が適用される別のフィリピン子会社との間の取引価格操作によって低税率の経済特区企業が大きな利益を上げ、全体としてフィリピンの税収が減ることをBIRは懸念しています。
[Part 3]関連者間取引の詳細:
このセクションでは、取引相手方の種類(A.親会社、B.合弁会社など納税者を支配する企業、C.子会社、D.関連会社、E.合弁出資先、F.納税者又は親会社の経営管理者個人、G.その他の関連者)毎に、取引の種類(有形資産の売買、無形資産ライセンス、役務提供、融資等々)、取引額、期末残高の他、取引年数や契約条件、貸倒引当金の残高や引当繰入額まで、通常各国が求めるよりも細かい開示を要求しています。
[Part 4]その他の情報:
親会社や納税者法人自身の事業概要、納税者法人が有する機能や資本関係に変化があった場合はその詳細、過去5年以内に事業再編を行った場合はその詳細、租税条約の恩典適用申請中であればその詳細等について記述する必要があります。
このフォームNo.1709の記入自体はそれほど難しいものではないと考えられますが、記入の仕方によっては不必要にBIRの目にとまってしまうリスクがあるため、少なくとも初回の記入時には移転価格専門家や担当会計士によるアドバイスを受けることが望ましいでしょう。前述の通り既に7月25日より適用されている為、(税務申告書の付表の提出期限が7月30日である)3月末日決算の企業についても2020年3月期から適用になります。これら3月末決算企業は、2020年3月期に関するフォ-ムNo.1709を2020年9月30日までに提出する必要があります(後述のRMC No.76-2020)。
しかしながら、今回改正による大きな問題は、このフォーム(No.1709)自体ではなく、RR No.19-2020において、このフォーム提出の際に「移転価格文書(Transfer Pricing Documentation、以下“TPD”)」の添付を義務付けられたことです。BIRは7月29日付で、フォームNo.1709及びRR No.19-2020の運用ガイドラインとして、想定問答集形式で通達(RMC No.76-2020)を発行しましたが、その中で(フォームNo.1709に添付して)提出の必要があるTPDの定義(Q11)については「関連者間取引の取引価格を決定する為、当該取引開始以前に納税者が依拠した書類を指す。但し、取引開始後であっても、法人税申告期限までに準備されたTPDについては認める。」としています。つまり、関連者間取引を行うにあたっては、事前に取引価格を算定しておくことが建前であり、その際に使用した書類が残っていればそれを提出すればよいのです。しかし、大半の企業においては、そのような事前の価格算定を行っていないのが現状ですので、それを勘案し、事前の算定資料がなくても、後付けで取引価格の妥当性を証明するTPDを法人税申告期限までに作成しておけば、提出を認めるということです。通常税務調査に備えて企業が作成するTPDはこの後付けTPDですので、要するに事前の価格算定資料がない場合は通常の(後付け)TPDを作成し、税務申告時にフォームNo.1709に添付して提出する事が必要になります。
また、次のQ12(TPDは毎年更新する必要があるか?)に対しては、「事業概要や関連者間取引などにおいて、TPDの内容に影響を与える大きな変化があった場合TPDは更新されなければならない。大きな変更がなければ、そのまま前年度のTPDを提出すればよい。」となっています。つまり。一度は必ずTPDを作成・提出しなければなりませんが、大きな変更が無い年度においては更新する必要はないということです。
更にQ13(親会社がフィリピン法人との間の関連者間取引に関してTPDを作成している場合、それを添付してもよいか?また親会社が作成するマスターファイルを添付してもよいか?)に対しては、「フィリピン法人が親会社作成のTPDに依拠して関連者間取引を行っている場合は、親会社作成のTPDを添付してよい。しかし(マスターファイルよりも)関連者間取引に関する詳細な情報を含むローカルファイルが望ましい」となっています。
所見:
多くの主要国においては、TPD(通常ローカルファイルを指す)は、関連者間取引額が一定規模を上回る場合に、法人税申告期限までの作成義務が課せられますが、税務当局への提出義務まではなく、税務調査が入ってから提出すればよいことになっています。しかし今回、BIRは関連者間取引や法人の売上規模にかかわらず全ての関連者間取引がある法人に対しフォームNo.1709の添付資料として、TPDの税務申告時“提出”を義務付けました。新型コロナウィルスの感染拡大を中々封じ込めず、世界一長いと言われるロックダウン(都市封鎖)が継続し経済と人々の疲弊が強まる悪循環に陥っているフィリピンですが、そのような中、このように世界に類をみない厳しいTPD提出義務が突如制定されたということは、移転価格に関してはコロナ禍の影響を考慮した救済・軽減どころか、更に執行を強化するという姿勢が打ち出されたことを意味します。
このフォームNo.1709及びTPDを含む資料の提出を法人税申告時に怠った場合、1,000~25,000ペソ(約53,000円)の罰金が課されます(RR No.19-2020第7条)。罰金自体は高額ではありませんが、法令違反になりますので、当然ながらその後に税務調査が入る可能性が高まります。
勿論税務当局がTPD提出を怠った全ての法人に税務調査に入ることは不可能ですので、当然にターゲットを絞ってくると思います。その際、売上規模が大きい法人、売上に占める関連者間取引額の比率が高い法人、フィリピン国外の関連会社に払うロイヤルティやサービスフィーなどの金額が比較的大きい法人、継続して赤字を計上している法人などが優先的に税務調査の対象となると考えられます。よって少なくとも上記のいずれかに該当する企業は、フォームNo.1709と添付資料としてTPDの提出を怠らない事が特に強く求められます。
但し前述した通り、TPDは一度作成すれば、その内容に重要な変更が必要ない限り、毎年更新する必要はありません。12月決算のフィリピン法人にとっては、まずは初回2020年度のTPDを来年2021年4月15日までに作成(及びフォームNo.1709に添付して提出)することが大事です。更に3月末決算のフィリピン法人は、2020年3月期に関するTPDを2020年9月30日までに至急作成する必要が生じました。しかしながら、TPDは通常企業のみで新規に作成することは困難です。移転価格専門家に早めに相談されることをおすすめします。
ご不明な点がありましたら、弊社までお問い合わせください。また弊社もフィリピンの有力な専門家と提携してTPDの作成サービスを行っていますので、見積もりの依頼等ご遠慮なくご相談ください。