2016年6月:日本の移転価格同時文書化制度が施行(1)

        本月報の今年1~2月号にて紹介した平成28年度税制改正大綱を受け、今年4月より日本の移転価格税制に同時文書化制度が正式に導入されました。一部大綱と若干異なる点等がある事から、改めて本制度の概要を紹介します。

       1.背景

        移転価格文書とは、国境を挟んだ関連者間取引の価格が独立企業間原則を遵守している旨証明する分析を含むレポートであり、同時文書化制度とは、法人税の確定申告期限までに当該レポート作成を義務付けるルールです。後日税務調査が行われた際、同時文書化を行っていない企業は更正課税されるリスクが高まると共に、同時文書化義務違反のペナルティが通常課されます。今般経済協力開発機構(OECD)とG20諸国共同のBEPS(Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクトが“3層構造アプローチの同時文書化制度”の採用を推奨した事から、他の主要国同様日本でも同時文書化制度の整備が必要となりました。

       2.日本の同時文書化制度の概要

        今般導入された同時文書化制度では、BEPS推奨の3層構造アプローチを忠実に踏襲しています。3層とはすなわち、国別報告事項(Country-by-Country、略してCbCレポート)、事業概況報告事項(マスターファイル)、及び独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(ローカルファイル)です。但し、その3種のレポートに先立ち、大綱には記載の無かった「最終親会社等届出事項」の作成・提出が必要となりましたので、それを含めると実質的には“4層構造”といえます。

         (1)最終親会社等届出事項

        「特定多国籍企業グループ(総収入が1,000億円以上の多国籍企業グループ)」の構成会社等(内国法人や日本に支店等のある外国法人)が、最終親会社等に関する情報を、報告対象年度終了の日までにe-Taxにより所轄税務当局に提出する必要があります。平成28年4月1日以後に開始する会計年度より適用開始ですので、最終親会社が3月決算であれば平成29年3月末日までに、まずはこの最終親会社等届出事項の提出が必要になります。

        (2)CbCレポート

        上記の最終親会社等届出事項で報告された特定多国籍企業グループにおける日本の最終親会社は、CbCレポートを報告対象年度終了の日の翌日から1年以内に(3月決算の最終親会社は平成30年3月末日まで)e-Taxにより所轄税務当局に提出する必要があります。

         CbCレポートとは、多国籍企業グループの全ての海外関連会社に関する損益、支払税額等の情報を開示する報告書です。最終親会社から受取った日本の国税当局が、関係する租税条約相手国にそのまま自動的に送付できるよう、報告形式は英語となります。

         最終親会社が海外にある場合は、逆に海外の税務当局から日本の税務当局に自動的に情報提供されます。但し租税条約が締結されておらず、そのような当局間の情報交換が困難な国に最終親会社がある場合は、最終親会社ではない当該グループの日本法人・支店等が日本の税務当局に提出する必要があります。

         (3)マスターファイル

         (1)最終親会社等届出事項を報告したのと同じ特定多国籍企業グループの構成会社等は、マスターファイルを報告対象年度終了の日の翌日から1年以内に(3月決算の会社は平成30年3月末日まで)、e-Taxにより管轄税務当局に提出する必要があります。

        マスターファイルとは、多国籍企業グループ全体の概要(組織、事業概況、無形資産、金融取引、連結財務諸表等、報告項目の詳細は措置法規則第22条の5第1項に記載)を記したレポートです。CbCレポートと違い、最終親会社が日本のみならず海外の場合でも、条約方式ではなく日本拠点(複数ある場合は代表1社で可)が提出する必要があります。使用言語は日本語または英語となっています。

        CbCレポート及びマスターファイルを正当な理由なく期限内に当局に提出しなかった場合、30万円以下の罰金が課されます。

        ・報告対象グループの定義について

        大綱では、(2)CbCレポート及び(3)マスターファイルの報告対象となる多国籍企業グループについて、連結財務諸表を作成すべきで且つ連結総収入が1,000億円以上の企業集団としていました。しかし最終規則では、(1)最終親会社届出事項も含め、総収入金額が1,000億円以上となり、連結財務諸表作成の必要が無い非公開企業グループも、総収入が1,000億円以上であれば提出が必要となりましたので、注意が必要です。特にマスターファイルは報告対象項目も多く(計13号、18項目)、該当企業には比較的重いコンプライアンス負担が課されるといえます。但し総収入1,000億円未満の、多くの中堅・中小企業グループは適用対象外です。


       次回は、適用開始が1年遅れとなりますが、より多くの企業が該当する、「独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(ローカルファイル)」について説明します。

       (執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

       (JAS月報2016年6月号掲載記事より転載)