2024年9月:シンガポールの移転価格ガイドライン改正(第7版)

シンガポール内国歳入庁(Inland Revenue Authority of Singapore、以下IRAS)は2024年6月14日、移転価格ガイドラインの第7改正版(以下第7版)を発表しました。

シンガポールは移転価格ガイドラインを発行したのが2006年と比較的遅かったものの、その後2018年にはOECD主導のBEPS対策プロジェクトに則した移転価格文書化制度が整備されるなど着実に改正を重ねてきました。今回も、全般的には移転価格の世界的実務に則し、且つ企業活動の実態を反映した現実的な改正が行われており、世界的に見ても詳細且つ体系的な移転価格ガイドラインになっているといえます。以下、今回の第7版において追加修正された主な部分を紹介します。

1.資本調整に関するQA追加

資本調整は、主にTNMM分析における検証対象企業と比較対象企業の運転資本(売掛金、在庫及び買掛金)水準の差が利益率に及ぼす影響を調整する手法です。今回追加されたQ&Aにおいては、資本調整で使用すべき金利水準として、検証対象企業と同じ市場で事業を展開する民間企業に適用される金利(通常は企業向け銀行融資利率)を参考にして決定する必要があるものの、状況に応じて検証対象企業による実際の資金調達利率や(比較可能な)社債利回りなども適用可能としています。最も重要な事は、本Q&A追加によりIRASが資本調整を明示的に認めたといえることであり、これによりシンガポールの移転価格実務における日本や先進諸国との整合性が更に進んだといえます。

2.文書化免除規定の改正

前述の通り2018年に導入されたシンガポールの移転価格文書化規定は、売上高S$10百万(約11億円)超のシンガポール企業が適用対象ですが、但しそれら企業でも関連者間取引額が基準額以下の場合は文書化義務が免除されます。その基準額は有形資産売買取引及びローン取引ではS$15百万(約16.5億円)、その他全取引(サービスフィー、無形資産使用料、保証料など)ではS$1百万(約1.1億円)となっていました。売上高基準額より基準額が大きい有形資産及びローン取引については寛大な基準額といえる一方、その他取引のS$1百万については不釣合いに厳しい印象がありましたが、今回はその他取引の基準額が2025年よりS$2百万(約2.2億円)に引上げられます。つまりその他取引における文書化義務が緩和され、且つ有形資産取引における基準額との乖離幅も縮小されることになります。

一方、シンガポール国内の関連会社間ローン取引については、これまでは基本的に(貸手が融資を主たる事業としていない限り)文書化免除対象でしたが、2025年度以降は、そのような国内ローン取引についてはIRASが別途発表する指標マージン利率を適用しない限り、文書化が免除されない事になりました。

3.長期ローン取引も年次レビュー対象

設備資金融資など長期ローン取引の場合、通常は利率が固定されていることから、一度移転価格文書で記述及び分析が行われれば、その後毎年再検証する必要はないと考える納税者も多いようです。それに対し今回IRASは、長期ローンに関する状況(経済環境、担保価値、借手の信用状態等)が時間の経過とともに変化し、それにより合意された利率等の条件が影響を受ける可能性がある事から、長期ローンも毎年のレビュー対象であることを明示しました。

4.(APA含む)相互協議プロセスの修正

前回までは相互協議プロセス(Mutual Agreement Procedure、以下MAP)として「申請意向の通知」、「IRASとの事前相談」、「MAP申請書提出」、「審査及び交渉」、「実施」の5段階が示されていたのに対し、第7版では「MAP申請書提出」の前2段階が除かれ、提出後「審査及び交渉」前に「評価(Evaluation)」が加わり、よりシンプルな4段階となりました。これは今までの中国型からの脱却、すなわち中国のように正式申請前に極力事案を絞るよりも、より幅広く申請を受け入れ、その代わり申請後の審査はより厳しくする方針への転換が示されたとも解釈できます。

5.ローン取引基準金利関連

不正表示等で信頼性が薄れたLIBORの公表が2021年に廃止されたのを契機に、短期ローン取引に用いられる基準金利としてIBOR (銀行間貸出利率)から、銀行の信用リスクなどを反映しない短期国債利回り等のRisk-free rate(RFR)への転換が世界的に進みつつあります。第7版では、IBORからRFRへの基準金利移行を独立企業間原則に基づくと認めつつも、IBORとRFR間での内包するリスクの違い等を考慮したレート調整が必要である旨が示されています。

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2024年9月号掲載記事より転載)