2023年11月:米国移転価格執行・訴訟の動向(Medtronic及びMicrosoft)

米国では昨年8月に成立したインフレ抑制法の下、税務当局IRSに向こう10年間で約800億ドルの予算増加が認められました。しかしその後、今年の5月に下院共和党が米国の債務上限適用停止に関し民主党政権に妥協するのと引換えに、上記IRS予算増分の4分の1に当たる200億ドルの削減を認めさせました。それでも未だ600億ドル(約9兆円)の予算増は認められていることを背景としてか、このところIRSが移転価格税務執行及び訴訟に関して再び動き出した旨の報道が入ってきましたので、以下紹介します。

1.MedtronicIRSが再控訴)

米国医療機器大手のMedtronic社は、優遇税率を提供する米国自治領プエルトリコに製造子会社を有し、ペースメーカーなどの医療機器や、機器と身体をつなぐリード線の製造を行っていました。プエルトリコ法人は、医療機器売上の44%、リード線売上の26%という高率のロイヤルティをMedtronic米国本社に支払っており、IRSとも合意していました。ところがIRSがその後の税務調査において2005~2006年度に米国本社が受取ったロイヤルティが低すぎるとして約14億ドル(2,000億円超)という巨額の追徴課税を命じました。IRSは、プエルトリコ法人はシンプルな受託加工会社にすぎず、同法人が得るべき利益は類似の加工会社の利益率と同程度にとどまり、それを超える部分は超過利益として米国本社に納めなくてはならないという、CPMという算定方法を根拠に課税しました。それに対し、米国本社が第三者から受け取るロイヤルティ料率を基準とした、CUT法という算定方法で料率を設定していたMedtronic社が提訴しました。

Medtronic社の提訴を受けた米国租税裁判所は2016年6月の判決において、プエルトリコ法人は単なる受託加工会社ではなく、相応の規模及び設計、試験などの研究開発機能も有する総合的なメーカーであり、重要な無形資産を保有していることから相応の超過利益を得る権利があると認定しました。そのうえで、移転価格算定方法はIRSの主張するCPMではなくMedtronic社が行っていたCUT法の適用が正しいとし、追徴税額を約100分の1(14百万ドル)に引き下げた為、実質Medtronic社の勝訴といえる内容でした。

IRSの控訴を受けた控訴裁判所は2018年8月、租税裁判所の上記判決の根拠となる分析の詳細が十分に呈示されていないとし、同判決の無効及び租税裁判所への審理差し戻しを言い渡しました。それを受け再審理を行った租税裁判所は2022年8月の再判決において、CPM及びCUT法の両方を否認し、移転価格税制では明記されない独自の方法で分析を行い、医療機器、リード共に48.8%が正しいロイヤルティ料率であると算定しました。これにより、2005~2006年度のMedtronic社追徴税額は175百万ドル(+延滞税等)となるようです。追徴税額としては租税裁判所の原判決の10倍以上になりますが、IRSとしては当初の額には遠く及ばず、しかも大前提であるCPM算定が否認されたままでした。そして今年9月8日、IRSが本件を正式に再控訴しました。

2.MicrosoftIRSが追徴課税を提示)

世界最大のソフトウェア企業Microsoft社は、2004~2006年度に関してIRSから税務調査を受けており、Microsoft社がプエルトリコと英領バミューダにある子会社との間で行っていた、研究開発費を関連会社間で分担する取引に関して、プエルトリコ及びバミューダ両法人の研究開発費分担額が少なすぎ、米国本社から両法人に過大な所得が移転しているという指摘を受けていました。当時からその3年度だけで数十億ドルの追徴課税リスクが予想されていました。

時を経て今年10月11日、Microsoft社は、2004~2013年度の10年間に関して289億ドル(約4兆3千億円)の追徴課税支払を伴う更正通知案をIRSから受取った事を同社ウェブサイト上で公表しました。同社は、(1)本件更正案はあくまでその当時のものであり、その後同社のグループ間取引構造は変更された為現在の取引形態には影響は無く、追加の税務リスク引当金も必要ないと考える、(2)提示された追徴税額はトランプ政権時に施行されたTax Cuts and Jobs Actにより同社が支払った税金(筆者注:海外留保利益への課税分と思われる)を反映していない為、最大100億ドル減少する可能性がある、(3)本更正案は最終決定ではなく、今後IRSの審査部門に審査請求を行うが、この手続きに数年を要すると見込まれ、仮にそれも却下されて更正が確定すれば訴訟手続きに進む、等述べています。

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税務調査や訴訟の関連費用を弁護士や会計士に惜しみなく払える巨大企業だからこそ出来ることではありますが、このような20年近く前の年度まで遡る税務係争が、両社ともに少なくとも今後数年間更に続くことになりそうです。

 

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2023年11月号掲載記事より転載)