2023年7月:更に厳しくなったマレーシアの移転価格税制
マレーシアでは2023年5月29日、2023 年所得税 (移転価格) 規則 (TPR 23) が発表され、約10年前に作られた既存の移転価格税制が改定されました。既に移転価格同時文書化制度については、(JAS月報2021年3月号における筆者の記事で説明の通り)改定により大幅に強化されていますが、今回は独立企業間価格の定義が厳格化されました。TPR 23により、世界的に見ても非常に厳しくなったマレーシアの移転価格税制の概要を紹介します。
1.独立企業間価格レンジの縮小
移転価格税制における独立企業間価格とは、関連者間取引と比較可能な第三者との取引あるいは類似の企業(これらを総称して以下“比較取引”)の価格又は利益率であり、価格の範囲(レンジ)としては一般的に四分位範囲が用いられます。四分位範囲とは、全サンプルの下から25/100位~75/100位の間、簡単に言えばその間の50/100の範囲です。四分位範囲はOECD移転価格ガイドラインに明記され、米国、日本を含む多くの国で独立企業間レンジとして使われており、マレーシアも今までは四分位範囲が認められていました。しかしTPR 23では、37.5/100位値~62.5/100位値の範囲、つまりその間の25/100の範囲が独立企業間レンジとして定義されました。要するに独立企業間レンジの幅が四分位範囲の半分に狭まった為、関連者間取引価格が独立企業間レンジを外れ更正課税を受ける可能性が高まったということになります。しかもTPR 23では、この37.5/100位~62.5/100位に比較取引の価格又は利益率が収まった場合でも、比較取引と関連者間取引との間の比較可能性に問題がある等の場合、税務当局は更正が行えることになっています。
現在、グローバル・ミニマム課税をはじめOECD主導による課税ルール世界標準化の動きが着々と進んでいる中、マレーシアのこのような世界標準から乖離する動きは奇異にうつります。マレーシアの税務当局はこれまで、規則上四分位範囲が認められていたにもかかわらず、執行上は比較取引の中位値を独立企業間価格として使っていたところ、税務訴訟において裁判所が納税者の四分位範囲使用を認め、中位値適用による更正処分が取り消されたのをきっかけに今回のレンジ縮小という規則厳格化を行ったようです。日本でもみられる、当局側敗訴を受けた税制の報復的改定(改悪)ですが、これにより、例えば日本-マレーシア間の関連者間取引においては、日本では四分位範囲が認められているものの、結局厳しい方のマレーシアに合わせて37.5/100位~62.5/100位の範囲で独立企業間価格を設定していく必要があると考えられます。ちなみに、このように世界標準の四分位範囲と乖離したレンジを採用する国は非常に少なく、知る限りではインド(35/100位~65/100)及びベトナム(35/100位~75/100位)のみです。しかもこれら両国のレンジ幅(30/100及び40/100)よりもマレーシアの25/100は狭く、世界で最も狭いレンジ幅が採用されたことになります。[1]
2.移転価格同時文書化制度
既に2021年度から厳格化されている移転価格同時文書化制度については、今回大枠は変わっていないものの、改めて概要を紹介しますと、関連者間取引を行うマレーシア企業は、税務申告期限(決算期末後7か月以内)までに移転価格文書(TPD)を作成する義務が課されています。そして税務調査の際は、当局の要請から14日以内にTPDを提出しなければなりません。14日以内にTPDを提出できなかった場合のペナルティとしてはRM20,000~100,000(約60~300万円)の課徴金及び/又は6か月以内の禁固刑が課されるという異常に厳しい制度になっています。そもそも14日以内のTPD提出義務というのも世界的に見て非常に厳しく、間違いなく事前に作成していないと対応出来ません。但しマレーシアにおいては、企業の売上高がRM25百万(約7.5億円)超且つ関連者間取引額がRM15百万(約4.5億円)超の場合、又は融資額がRM50百万(約15億円)超の規模基準に該当する場合のみ、正式な移転価格分析を含む完全なTPDを作成する義務があり、それ以下の規模の企業は限定的内容のTPD作成でよいとされます。限定的内容とは(1)組織構成、(2)関連者間取引、(3)価格設定方法となっており、(3)については税法上の移転価格算定方法を適用する必要はありません。しかしながら、規模基準を下回る場合でもTPDが免除される訳ではなく、そのような限定的内容でも文書化が必要である点は気を付けなければなりません。ましてや、上記の規模基準を超える企業は、ペナルティ等も厳格に適用されるリスクが高いと思われますので、必ず税務申告期限までにTPDを準備しておく必要があると思われます。
[1]もっとも、例えば中国の移転価格税制では、四分位範囲を記しながらも中位値を下回る場合は更正すると記していることから、実務的には50/100位~75/100位と、同じ25/100のレンジ幅で且つ37.5/100位~62.5/100位よりも上の価格帯が使用されています。
(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)
(JAS月報2023年7月号掲載記事より転載)