2022年9月:米国における大企業向け最低税率課税制度が成立

米国ではインフレ抑制法(Inflation Reduction Act)案が議会で可決され(共和党は上院下院共に全員反対)、8月16日にバイデン氏が署名して成立しました。同法は、気候変動対策として電気自動車の購入や太陽光パネルの設置に対する税額控除に資金を投じる一方、課税強化による歳入増や薬価引下げによる社会保険の歳出削減等により、今後10年間で財政赤字を3,000億ドル(40兆円)[1]削減するとしています。

インフレ抑制法の中でも歳入増の柱と期待されているのが、大企業を対象とする会計上利益への最低税率課税制度(Book Minimum Tax、以下“BMT”)です。当初現政権は、トランプ大統領が21%へと引下げた法人税率の再引上げを画策していましたが、民主党内でも反発にあい挫折、代わりに浮上したのがこのBMTです。GAFAなど巨大IT企業をはじめとする多くの米国大企業は、各種税控除や節税策を用いて実効税率(会計上の税前利益に対する支払税額の比率)を極めて低く抑えている為、それら大企業からの税収増加を目的とした制度となります。以下、ごく簡単にBMTの概要を紹介します。

BMTの概要

(1)適用対象

決算書上の税前利益(若干の調整有、以下“会計所得”)が過去3年平均で10億ドル(1,350億円)を超える米国企業を対象とし、それら企業が支払う通常の連邦法人税額(=税務上の課税所得の21%)が会計所得の15%を下回る場合のみ、会計所得×15%の税額を支払います。つまり、BMTは代替法人税の性格を有するものです。連結損益計算書上の利益が課税対象の為、米国外を含む全世界所得への課税となります。

一方、外国資本系の米国企業については、過去3年度平均の会計所得が1億ドル(135億円)を超えるとBMT適用対象となります(但し企業グループ全体の会計所得が10億ドルを上回る場合)。これにより、トヨタをはじめ米国で事業展開している日系大手企業でも、年間100億円以上の利益を米国で稼いでいる企業はBMT適用対象となる可能性があります。

尚BMTは連邦法人税のみ対象となり、地方法人税は従来通りの納税となります。

(2)会計所得の定義

会計所得は、基本的には会計上の税前利益ですが、種々の微調整があります。主なところでは、有形資産の減価償却については加速償却を含む税法上の償却額が適用されます。また、決算書上の繰越欠損金(NOL)は無期限に繰越可能ですが、2020年終了年度以降のNOLのみ繰越可能であり、且つ毎期の会計所得の80%が相殺上限額となります。

(3)適用開始時期

適用は2023年に終了する年度からとなりますので、例えば日系企業に多い3月決算の米国企業の場合は2023年3月期から、つまり実質2022年度から適用されることとなります。

所見

年率8%~9%の高インフレが米国民の生活を直撃しており、現政権への批判が高まっている中、名前だけはインフレ抑制法ですが、中身の主体は財政赤字改善であり、インフレ抑制効果は見えないとの指摘も出ています。そんなインフレ抑制法の柱の一つが今回紹介したBMTですが、この適用により向こう10年で3,130億ドル(42兆円)の税収増が見込まれるとメディアでは報道されているものの、ホワイトハウスの最新の公式資料では2,220億ドル(30兆円)となっていました。それはともかく、今後10年の予測自体が難しい中、巨額の税収増の予測は楽観的すぎないか懸念されます。というのは、会計上の税前利益に課税するとなると、企業は税前利益を下げようとまた色々な節税を行ってくる可能性があり、そうなると予想した税収増が図れなくなるリスクがあるからです。しかし利益を下げると株価も下がる可能性があり、企業にとっては悩ましい所です。しかもインフレ抑制法には自社株買いへの1%課税も含まれており、株式市場には逆風の法律が施行されたと感じます。今後米国経済がどのような方向に向かっていくのか、少々心配です。

[1] 円換算額は1ドル=135円で計算(以下同じ)。

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2022年9月号掲載記事より転載)