2022年6月:米国APAレポートからみえる実情

米国の税務当局Internal Revenue Service(“IRS”)は2022年3月22日付で、2021年度のAPAの申請・締結件数等をまとめたレポート(以下“APAレポート”)を発表しました。

APAは移転価格算定方法について納税者と税務当局(一国又は二国間以上)との間で予め合意又は確認し、一定期間は税務調査が行われないという、移転価格税務リスクを回避する為の最も確実な手段です。米国では1991年から行われていますが、IRSのAPAレポートは2000年以降毎年発表されています。ちなみに、APAを世界で初めて制度化したのは日本ですが、日本の国税庁もIRSにならって2003年以降毎年APAレポートを発表しています。2021年度の米国APAレポートの概要は以下の通りです:

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1.申請件数

2021年度のAPA申請件数は145件と、2020年度から24件増加しました。但し、IRSがAPA申請フィーを$113,500(中小企業でも$54,000)へと大幅に引き上げたことにより、2019年度の申請件数が2018年度の203件から大幅に減少して121件となって以降、大きな回復は示せていないのも事実です。

二国間又は多国間で締結されるAPA(以下“二国間APA”)申請の相手国で最も多いのは相変わらず日本(33%)、次いでインド(16%)、カナダ(10%)の順となっており、米国で申請された二国間APAの約6割をこの3ヵ国向けが占めています。

2.締結件数

(1)全般

一方、2021年度のAPA締結件数は124件と、2020年度の127件に比べて3件減少しました。また全締結件数の内、既存APAの更新件数は78件と、全締結件数の約6割が比較的処理が容易な更新事案であるという状況はここ数年変わっていません。

(2)二国間APA締結件数の国別内訳

2021年度APA全締結件数のうち99件(80%)は二国間APA、残る25件(20%)が米国のみAPAとなっています。二国間APAの相手国としては日本が変わらずトップであり、全体に占める比率は2020年度の52%から40%へと減少したものの、米国のAPAにおける日本への依存度が未だ非常に大きい事がわかります。但し日本の件数の大部分は更新事案と推測されます。以下、2位ドイツ(20%)、3位カナダ(7%)となっており、前年度は上位5ヵ国にも入っていなかったドイツの急上昇が目立ちます。一方、2020年度は2位だったインドは今回5位(5%)に下がりました。インドとのAPA事案における交渉・締結が難航していることがうかがえます。

(3)締結対象取引の内容

例年の傾向通り2021年度においても、APA締結件数の内米国本社と米国外子会社との取引に係る事案は全体の25%と少なく、その他の多くは日本企業をはじめ米国外に本社を置く企業と米国子会社との取引と考えられます。

3.平均処理期間

2021年度の全締結事案における平均処理期間は39.2ヵ月と、2020年度の38.5ヵ月から0.7ヵ月増加しました。全体の約6割を占める更新事案の平均処理期間が32.8→34.0ヵ月と増加したのが影響しています。一方新規事案の平均処理期間は48.9→48.5ヵ月とわずかに減少しましたが、新規事案には平均約4年を要するという事実に変わりはありません(最大のシェアを占める日本事案を含めての数字なので、日本事案の期間もそれほど変わらないと思います)。

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(コメント)

コロナ禍が2年以上を経た現在でも終息せず、企業活動への様々な制約も続く中、ピーク時より減ったとはいえ、二重課税回避の為のAPAのニーズは底堅い事が、今回のAPAレポートでも示されています。しかしAPA(特に二国間APA)の場合、新規で申請してから二国間の当局が合意し完了までの処理期間が上記の通り平均で約4年かかる中、その間長期にわたって専門家(主に大手会計事務所系)のサポートを受けるコストは非常に高額となります。加えて日米APAの場合は米国政府にも高額な申請料を支払う必要があることから、果たしてそれらのコストに見合う大きな税務リスクが存在するのか、企業としては事前に費用対効果を十分に検証する必要があります。

そもそも、移転価格リスク対策の基本は、関連者間取引価格が独立企業間原則に従っていることを示す分析を行い、それを文書化しておくことです。大概の取引については、この文書化でリスクを回避できますし、かかる費用もAPAに比べればきわめて少なく、高い費用対効果があります。APAのサポートが収益源である大手事務所は、多国籍企業にAPAを申請してもらうよう積極的にマーケティングを行っていますが、企業自らの考えに基づいて慎重に判断すべきです。

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2022年6月号掲載記事より転載)