2021年5月:シンガポールが統括事業に関する移転価格ガイドラインを発行

税務当局Inland Revenue Authority of Singapore(”IRAS”)は今年3月19日付で、Transfer Pricing Guidelines -Special Topic– Centralised Activities in Multinational Enterprise Groups(移転価格ガイドラインの特別編:多国籍企業グループの統括事業)という、統括事業に特化したユニークな移転価格ガイドラインを発行しました。

シンガポールは、アジア諸国のどこにでも比較的短時間でいけるという地理的優位性、高学歴の人材、金融やITなどの基盤が整っている等のメリットから、多くの多国籍企業がグローバル或いはアジアの統括拠点を構えています。統括事業と一口にいっても実際の内容は企業により様々ですが、本ガイドラインではそれらの統括事業を以下のように4つのパターンに類型化し、それぞれのパターンにおける移転価格分析のガイダンスを提供しています。

  • 卸売販売、製造、又は研究開発における事業主体

事業主体とは、その事業に関する専門家を有し、自ら決断しリスクを負って事業を遂行管理してゆくことを意味します。例えばシンガポールに工場がなくとも、シンガポール法人が事業主体として周辺国の関連会社に製造を委託し、原材料の調達、技術や品質の指導・管理などを含めて周辺国の製造事業を統括する事があります。

このように事業主体であるシンガポール法人が行う関連者間取引の移転価格分析を行う場合、シンガポール法人自体ではなく相手方の関連会社の方が検証対象となると本ガイダンスでは述べています。移転価格算定方法(“TPM”)としては、可能であれば第三者間取引との価格を比較するCUP法が望ましい(以下の全てのパターンにおいても同じ)が、原価基準法や取引単位営業利益法(“TNMM”)などの適用も可能であるとしています。

  • コア事業プロセスのサービス提供

シンガポール法人が、グループの中核事業(製造、販売等)のサプライチェーンの内一部のプロセス(調達、販売、ITなど)を関連会社にサービス提供する事があります。そのようなシンガポール法人の活動は、中核的事業に係るものであることから、当該企業グループ事業全体の改善とリスク管理に資するものです。但し、断片的なサービスや情報を提供するのであれば、事業全体に係るリスクを負う事業主体に比べると、このパターンの法人が負うリスクはそれほど高くないと本ガイドラインは指摘しています。

本パターンに属するシンガポール法人が行う関連者間取引は、可能であれば個々に分析されますが、状況によっては各取引を一括して分析することもできるとしています。

TPMとしては、CUP法以外では、シンガポール法人がサービス提供に当たって事業主体とリスクを共有する場合、利益分割法の検討も可能であり、特に重要なリスク(や機能)を共有する場合、シンガポール法人は残余利益を受取る権利があるとしています。

  • 事務、技術、財務、管理等のサービス提供

多くの多国籍企業は、グループ運営の効率化等を目的として、これらのサービスをシンガポールなどで統括して行っています。これらは、コア事業におけるサプライチェーンの一部を構成しない附属的・間接的なサービスで、かかる費用は通常間接費として分類されます。

これらのサービスを統括して提供するシンガポール法人が負うリスクは、各サービス個別のリスクに限定されます。このような場合、提供されるサービスの価値はそのコストに基づいて決まるため、TPMとしてはシンガポール法人を検証対象とする原価(実質的にはサービスコスト)基準法またはTNMMが検討されるとしています。

  • 株主としての活動

上記で分類した各パターン統括事業を行っている多くのシンガポール法人は、他国の関連会社の株式を保有する、いわゆる持株会社にもなっています。そのような場合、シンガポール法人が株主の立場として子会社に対し行う活動(例えば、グループの連結財務諸表の作成に使用するための、子会社からの報告書の提出要請)が含まれることがあります。

これら株主としての活動は他の統括事業と異なり、相手方(子会社)に何のメリットももたらさないことから、シンガポール法人はそれらの活動に関して対価の請求を行う事は出来ないとしています。

 

以上、本ガイドラインにおける内容はOECDガイドラインで示される移転価格税制の世界標準的枠組みに沿ったものではありますが、統括事業の上記各パターンでの分類化により、統括会社の移転価格分析がより行い易くなったという意義があると考えます。

(但し、日本企業が法人税率17%のシンガポールでの統括拠点設置を検討する場合、日本の外国子会社合算税制が適用される可能性が高い為、まずはその合算税制対策を講じる必要があります。)

 

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2021年5月号掲載記事より転載)