2021年4月:アジア各国の移転価格税制整備・執行状況(続)

先月に続き、他のアジア各国における移転価格税制の整備、執行等の状況について説明します。

1.ベトナム

ベトナムでは昨年(2020年)11月5日に移転価格税制の改正政令(Decree 132)が発表され、同年12月20日より既に適用されています。

このDecree 132の中で最も注目すべきは、独立企業間レンジの下限値が引き上げられたことです。移転価格税制においては一般的に、比較対象企業の利益率の四分位範囲(25百分位<第一四分位>~75百分位<第三四分位>の間)が独立企業間レンジとして用いられ、その四分位範囲に子会社の利益率が収まっていることを必要とします。ところが、今回の改正により、下限値が第一四分位(25百分位)から35百分位へと引き上げられました。よって、ベトナム子会社がより高い利益率を上げる必要が生じたという事になります。一般的な統計手法である四分位範囲が独立企業間レンジとして世界的に用いられている中、35百分位を下限値として用いるというのは異例な規定です。中国のように中位値(50百分位)を実質的に下限値としている国に比べればましなのかもしれませんが、とにかく今後ベトナムで移転価格文書を作成する際は注意しなければなりません。

2.インド

3月2日、インドの最高裁判所は租税裁判において重要な判決を下しました。

多くのインド企業(主に多国籍企業のインド子会社)は、国外の企業(親会社等)からソフトウェア(あるいはソフトウェアが組み込まれた機器)を購入し、インド市場で販売しています。その際インド企業が国外企業に支払うソフトウェア購入代金について、インドの税務当局は以前から(ソフトウェアの権利がライセンスされている事の対価としての)使用料、つまりロイヤルティであるとして、国外企業に対し源泉税を徴収していました。しかし複数の企業は、再販売を目的としたソフトウェアの購入取引であり、ロイヤルティには当たらないと主張、税務当局の更正措置を不服として裁判を起こしていました。

今回インド最高裁は、そのようなソフトウェア購入代金の国外企業への支払はロイヤルティではない、よって国外企業がインド企業から受取るソフトウェア売却代金に対し税金を課す事は(その国外企業が支店などの恒久的施設をインドに有していない限り)できないとしました。具体的には以下の通りです:

  • ソフトウェアがエンドユーザー内部で使用されるのみでは、その権利が貸与されているとは言えない(=ロイヤルティには当たらない)。
  • インドの国内法上は2012年にロイヤルティの定義が拡大されソフトウェア購入代金も含まれているが、租税条約上はロイヤルティとは解釈できない。よって租税条約締結国にある国外企業に対するソフトウェア購入代金支払については(ロイヤルティとしての)源泉税徴収はできない。

今回の最高裁判決はインドにおける全ての税務当局及び裁判所に適用されますので、同様に課税された全ての企業は、裁判所に対し救済措置を申請できると思われますし、あるいは過去に払った源泉税の還付を請求できる可能性もあるようです。

 インドは、裁判手続きに時間はかかるものの、判決は比較的論理的であり、租税裁判でも企業側が勝訴するケースも少なくないようですが、今回のケースもその典型といえます。三権分立における司法の独立性という意味においては、米国や日本よりもインドの方が遥かに民主主義的です。

3.中国

3月18日、United Nations(国連)が「移転価格におけるCOVID-19の影響」というウェブセミナーを主催しましたが、中国の国家税務総局における国際課税部門の高官も参加し、以下のように発言しました。

「コロナ禍前に、『わが社は市場リスクを負わないリスク限定型の販売会社である』と主張していた(中国)企業が、コロナ禍後になって『市場リスクを多少なりとも負っており、それによる負担を認めていただきたい』と主張する場合には問題が生じる。」

「そのような企業がコロナ禍によって損失を計上する事が認められるのか、あるいは認められない(=損失は全て親会社が負担すべきである)のかについては個別の判断となるが、いずれにしても今年の移転価格に関する係争は増加すると思われる。」

 上記の高官の発言は、OECDが先日発表した対コロナ禍移転価格ガイダンスの内容(=リスク限定型の関連会社は、そのようなリスクの負担に変更が無い限り、コロナ禍を理由とした赤字計上は難しい)に基本的には沿ったものですが、改めて、コロナ禍の影響を受けたというだけでは、中国子会社の赤字を正当化することは難しい事が示されました。2020年度に赤字を計上してしまった、あるいは利益率が大幅に悪化した中国その他の海外子会社については、移転価格文書作成にあたって、きわめて慎重な分析が必要となります。

 

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2021年4月号掲載記事より転載)