2020年9月:極めて厳しくなったフィリピンの移転価格コンプライアンス

フィリピンの税務当局Bureau of Internal Revenue(“BIR”)は2020年7月8日付で歳入規則(RR)No.19-2020を発行しました(公表日は7月10日)。本ガイドラインは公表後15日目以降、つまり2020年7月25日より既に適用されています。

このRR No.19-2020において、法人税申告書に添付される関連者間取引の情報を開示するフォームが改正されました。改正後のフォームNo.1709は従来のNo.1702Hに代わるものであり、フィリピン法人がその関連者と行う取引(フィリピン国内間の取引も含む)について類型別に取引額、残高、取引・契約条件の他、事業概要や機能・資本関係等に重要な変更があった場合の記載など、より詳細な開示が求められています。

このフォームNo.1709の記入自体はそれほど難しいものではないと考えられますが、記入の仕方によっては不必要にBIRの目にとまってしまうリスクがあるため、少なくとも初回の記入時には移転価格専門家や担当会計士によるアドバイスを受けることが望ましいでしょう。しかしながら、今回改正による大きな問題は、このフォーム自体ではなく、フォーム提出の際に「移転価格文書(Transfer Pricing Documentation、以下“TPD”)」の添付を義務付けられたことです。BIRは7月29日付で、フォームNo.1709及びRR No.19-2020の運用ガイドラインとして、想定問答集形式の通達(RMC No.76-2020)を発行しましたが、その中でTPDに関するQ&Aは以下の通りです。

(Q11:フォームNo.1709に添付するTPDの定義)

A:関連者間取引の取引価格を決定する為、当該取引開始以前に納税者が依拠した書類を指す。但し、取引開始後であっても、法人税申告期限までに準備されたTPDについては認める。

(筆者注:関連者間取引を行うにあたっては、事前に取引価格を算定しておくことが建前であり、その際に使用した資料を提出する必要がありますが、そのような事前の価格算定資料がなくても、後付けで取引価格の妥当性を証明するTPDを作成すれば、その提出を認めるということです。)

(Q12:TPDは毎年更新する必要があるか)

A:事業概要や関連者間取引などにおいて、TPDの内容に影響を与える大きな変化があった場合TPDは更新されなければならない。大きな変更がなければ、前年度のTPDを提出すればよい。

(Q13:親会社が作成したTPDを提出してよいか)

A:納税者が、親会社が作成したTPDに依拠して関連者間取引を行っていれば、親会社作成のTPDを提出してよい。

解説:

世界の殆どの国においては、関連者間取引額が一定規模を上回る場合のみ、法人税申告期限までのTPD作成義務が課せられますが、税務当局への提出義務まではなく、税務調査が入ってから提出すればよいことになっています。しかし今回、BIRは関連者間取引や法人の売上規模にかかわらず全ての関連者間取引がある法人に対し、(税務申告書フォームNo.1709の添付資料として)TPDの“提出”義務を課しました。新型コロナウィルスの感染拡大を受けて世界一長いと言われるロックダウン(都市封鎖)が行われたフィリピンにおいて、移転価格税制においてもこのように世界に類をみない厳しいTPD提出義務が制定されたということは、移転価格に関してはコロナ禍の影響を考慮した救済・軽減どころか、更に執行を強化する姿勢が打ち出されたことを意味します。

このフォームNo.1709及びTPDを含む資料の提出を法人税申告時に怠った場合、最大25,000ペソ(約53,000円)の罰金が課されます。罰金自体は高額ではありませんが、法令違反になりますので、当然ながらその後に税務調査が入る可能性が高まります。勿論税務当局がTPD提出を怠った全ての法人に税務調査に入ることは不可能ですので、当然にターゲットを絞ってくると思います。その際、売上規模が大きい法人、売上に占める関連者間取引額の比率が高い法人、フィリピン国外の関連会社に払うロイヤルティやサービスフィーなどの金額が比較的大きい法人、継続して赤字を計上している法人などが優先的に税務調査の対象となると考えられます。

前述のQ&Aの通り、TPDは一度作成すれば、その内容に重要な変更が必要ない限り、毎年更新する必要はありませんが、少なくとも初回は必ずTPDを作成する必要があります。今回、3月末決算のフィリピン法人は、2020年3月期決算に関するフォームNo.1709に添付するTPDを2020年9月30日までに至急作成及び提出する必要が生じました。一方12月決算のフィリピン法人は適用初年度が2020年度であり、提出期限は2021年4月15日となります。いずれにせよ、TPDは企業のみで新規に作成することは困難です。移転価格専門家に早めに相談されることをおすすめします。

(※筆者注:後日の通達により、2020年3月期決算に係るフォームNo.1709の提出期限は2020年12月29日に、2020年12月期決算に係る同提出期限は2021年4月30日へと延長されました。)

(執筆:株式会社コスモス国際マネジメント 代表取締役 三村 琢磨)

(JAS月報2020年9月号掲載記事より転載)